マルドゥック・アノニマス4
- 2019.04.24
- 読書
どうもこんにちは、ちはるです。
先月20日、私の好きな小説家・冲方丁のSF作品『マルドゥック・アノニマス4』が発刊されました。
発刊されてから&読了してから少し日が経ってしまいましたが、思ったことをつらつら書いていこうと思います。
0.これまでの『マルドゥック・シリーズ』
スクランブル&ヴェロシティ
『マルドゥック・アノニマス4』についてアレコレ述べる前に、まず冲方丁氏による『マルドゥック・シリーズ』について軽く触れようと思う。
マルドゥック・シリーズとは、2003年に発刊された同氏によるSF小説『マルドゥック・スクランブル』から始まり、後にシリーズ化された作品群のことだ。
スクランブルの内容について、あらすじ程度に述べるとするなら、次のようになるだろう。
生死の境をさまよう彼女を救ったのは、委任事件担当官にして人語を解する万能道具存在たるネズミ、ウフコックとその相方であるドクター・イースター。二人はバロットに対し、法的に禁止された科学技術の使用が許可される緊急法令、スクランブル-09による蘇生を行ったのだった。
生還を果たしたバロットはウフコック、そしてドクターとともにシェルの犯罪を追うことに。しかし、そんな彼女の前には、シェル側の委任事件担当官であるボイルドが立ちはだかる。
スクランブル-09により手に入れた高度な電子干渉能力、そして新たなパートナーであるウフコックとともに、バロットは自らの存在証明をかけて事件と対峙する。
このようにスクランブルは、バロットとウフコックのペアが自身の存在証明をかけて敵、ひいては都市に立ち向かうアクションハードボイルドSFであり、またヴェロシティはスクランブルの前日譚となっていて、そこではウフコックとボイルドの過去が描かれている。
シリーズ作品は以下の通り。
- マルドゥック・スクランブル(全3巻)、2003年*1
- マルドゥック・ヴェロシティ(全3巻)、2006年*2
- マルドゥック・フラグメンツ(短編集)、2011年
- マルドゥック・アノニマス(既刊4巻)、2019年現在SFマガジンで連載中
シリーズ最初の作品であるスクランブルは、2003年に第24回日本SF大賞を受賞しているほか、2009年に漫画『聲の形』で有名な漫画家・大今良時氏によって漫画化、2010年には劇場アニメ*3が製作・公開されている。
そしてアノニマスは時間軸としてこれらの物語の最先端を描いたものであり、スクランブル発刊から16年にも及ぶマルドゥック史の集大成とも言うべき作品なのだ。
そしてアノニマスへ
ここから先はネタバレのオンパレードなので、気になる方はブラウザバック、もしくはスクランブル1巻から一気読みしたのち、また戻ってきて頂けたらと思う。
マルドゥック・アノニマスは、これまでシリーズにおけるもう一人の主人公とも言うべきポジションを務めてきたウフコック=ペンティーノを主軸に据えた物語だ。
作者による第1巻あとがきに
これは一匹のネズミがその生をまっとうし、価値ある死を獲得する物語である。
(マルドゥック・アノニマス1 あとがき)
とあるが、アノニマスはこれまで自己の有用性の証明のため都市で戦ってきた彼が、価値ある死=己が人生の有用性を真に証明する物語であると私は考えている。
アノニマスで、これまで数多くの事件を解決に導いてきた彼を含むイースターズ・オフィスの面々は、あることが切っ掛けで都市における新たなる悪=<クインテット>という勢力の萌芽に気づく。
そこで、ウフコックは都市を覆いつつある悪に対抗するべく<クインテット>に潜入、調査を始める。
アノニマス1巻から3巻までは、主に<クインテット>に潜入したウフコックを通した敵側勢力の動向を中心に、イースターズ・オフィスの戦いが描かれてきた。
これまでのシリーズでは基本的に主人公サイドから物語が描かれてきたが、今作では敵サイドの動向、その勢力拡大の様が克明に綴られるのである。
この点が、アノニマス・シリーズの大きな特徴の一つだと言えるだろう。
1.マルドゥック・アノニマス4
さて、と言うことで『マルドゥック・アノニマス4』の感想をつらつらを書きたいと思う。
アノニマス4本編について
物語は3巻ラスト直後のシーンから開始される。
大きく成長したバロットが、囚われたウフコックの救出に駆けつけたあのシーン。
長い長い葛藤の末、摩耗するように自らの死を受け止め、覚悟したウフコックが他の何よりも求め、しかし大切であるが故に遠ざけ続けた一人の少女が思いもよらず目の前に姿を現したあのシーン。
長く険しい日々の末に取り戻された、過去の事件で失われはずの声が、ウフコックのもとに届くあのシーン!
涙なしでは読めない怒濤のラストシーン直後とあっては、俄然こちらの期待値も高まるというものだが、その期待を決して裏切らない<クインテット>との戦闘シーンが繰り広げられていく。
この戦闘シーンというのは、ただ闇雲に激しい闘争というのでない。
大人の女性となりつつあるバロットが
自分たちがどれだけ厄介な相手であるかを示す
という目的のもと、ある意味淡々と冷静沈着に、それでいて容赦なく、法学部生という新たな立場/ステータスに似つかわしい能力を発揮しつつ敵を無力化していく様が描かれている。
オフィスのモットーである「殺さない/殺されない/殺させない」を体現するチートじみたその闘いっぷりは、1~3巻でひたすらオフィスが追い詰められてゆく様を見せつけられ私の内にたまったフラストレーションを解消するには十分なほど爽快だし、一度は悪意によって死の淵まで追い込まれたバロットの成長っぷりを思い知らされ、再確認し、感動させられるには十二分なものだった。
そんなバロットの鬼のような戦いっぷりが繰り広げられていたかと思うと、ふと物語の時間軸が飛ぶ。
おや?と思って読み進めると、始まったのはこれまでのシーンよりも過去の時間、バロットと友人たちによる高校の卒業旅行シーンだ。
それまでとは打って変わった穏やかで和やかな卒業旅行シーンは、これからの未来に対する期待と不安、そしてそれを共有する友人たちの存在にもスポットが当てられており、また新たな側面からバロットの成長を垣間見ることができる。
あんなに暗い過去を持った彼女が、素敵で頼もしい友人を得て、こんなにも楽しげに過ごしているなんて……。
歴代のシリーズを追ってきた身としては、それだけで何とも言えない感情に襲われる。
これが娘・息子の成長を見守る親の感情なのだろうか……???????
そうして少女と友人たちの日常を見届けていると、再び物語の時間軸が飛び、戦闘シーンが再開される。
そう、この時間軸の劇的な変転こそ、マルドゥック・アノニマス4の特徴の一つであるように私は感じた。
これまでもウフコックが捕らわれの身となるに至った<リスト>作りの巡礼(過去)の物語にガス室に捕らわれたウフコックの独白(現在)が挿入されるような形で時間軸の交錯は行われてきたが、第4巻ではその技法がこれまで以上に多く使われる。
だが、それでいて決して物語が混乱することはない。
それどころか、私たちがアノニマス1を読んで感じた「何故ウフコックは捕らわれているんだ?」という謎への焦燥や期待といったものにも似た興奮を、ここで再び提示され、ページを繰る手が止まらなくなる。
こういう言い方をすると少々おこがましく感じられるかもしれないが、ここに、私は作家・冲方丁の挑戦と成長を感じた。
また、冲方丁氏の成長という点では、バロットが通う大学において、バロットとハンターが相まみえるシーンも見事だと思った。
ここではウフコックを捕らえたものの、なかなか彼の協力/利用に漕ぎ着けることができず、その方法を求めるハンターと、そんなどこに捕らわれているかも知れないウフコック救出のために奔走するバロットの心理戦/情報戦が展開される。
互いに互いの本当の意図を隠しつつ、最小限の情報開示で最大限の情報を獲得せんとする二人のやり取りの巧妙さは圧巻だ。
その様は、スクランブルで繰り広げられたカジノバトルを彷彿とさせるものがあったし、言い換えれば、スクランブルであれだけの文量を割いて語られた心理戦/情報戦が、アノニマスでは短く端的に、そして効果的に描かれているのだ。
第4巻ではその他にもハンターの過去や<シザーズ>との関わりといった点や、<楽園>の現在といった新たな情報も語られた。
バロットとウフコックのバディが蘇り、これから<クインテット>とオフィスの戦いはどの様な方向へ進んでいくのか。
作中キャラクタのみならず、作者までもが成長を続けるアノニマス・シリーズ。
SFマガジンでの連載と言うこともあり刊行スピードは早くない点が残念だが、第4巻がそうであったように、次巻もまた「待った甲斐があった!」と言いたくなるような物語に出会えることを期待したいと思う。
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